北島守幸 オフィシャルサイト http://moriyuki.net
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去る3月10日、一般質問冒頭「いつものヤツ(最初のつかみで思いつきの話をしている)」
でこんな話でスタートした。
「エエ、おとなりの土井議員はお母さんが100歳。私は0歳児の子持ち。
まさにゆりかごから墓場まで・・・」
議場に笑いがおこる。という風であった。

私の直前の質問者が土井議員で「介護」をテーマとした質問の
しめくくりにお母上の話を紹介された。

とてもまじめな人で、地元の人望も厚く
また現役のスポーツ選手で、相撲、長距離等々を
若い人と一緒にこなしている。地元地区の自治会長もされている。

本会議場の席も隣同士。名前に「幸」の字がつく。
会派も同じときて、知り合って11ヶ月でまさに「かなりの友人」である。

彼が「母は100歳で」と言った時、もし私の母が健在であったなら
この母を話にもってきただろうなぁと思う。
残念ながらこの母は今はもういない。
来る18日が命日。選挙準備で慌しい中、静かに彼の地へ行ってしまった。

にぎやかで、話の面白い人であった。柄は小さく、小食で働き者。
家の周りが「街化」して田も畑もなくなったが
田畑だらけのころはバンバン百姓をこなしていた。

もう寝込んで10年近くなるすぐ近くの叔父(母の弟)一家がいつも手伝ってくれて
かなりの広さの農地をきりもりしていた。
(その間、父は何をしていたのだろう?色々やっていたようだけど。)

母が倒れた時(平成14年夏)真っ先に思ったのが
もうあの「味噌汁」が「飲めんなぁ」という事。
この辺の言葉で「塩はいか」味噌汁。
しょっぱいということ。

百姓だったので、どうしても塩味の濃いものになったと思うが
私としては、これぞ「おふくろの味」であった。
他にとり立てて料理が思いつかないのは
おふくろに対しては、はなはだ失礼ではあるが
あの味噌汁がまた飲みたいなぁとは、よく思うことである。

教養はないが、頭の回転は早かったようで、私が小さい頃は、イソップ話にかわって
じいさん、ばあさんの登場する、あまり品の良くない
ありそうな、なさそうな作り話をよくしてくれた。

また、兄が若い頃東京に数年いたころ
たった1度行ったきりの東京の話をよくしていた。
テレビで東京が映る度(ニュース、ドラマなんでも)
「ここは○○。この電車は○○行きバイ」とか
たった1度の東京がよく出てきた。
当然、私が上京してからは、この自慢話は消えた。

ばあちゃん(母の母)が面白い人だったので
本当はもっと、はしゃぎたかったのだろうが
厳格な父(母の)と、ワンマンの夫のせいで
表面は、大分おさえていたようだ。

倒れて認知症になり、初めて100%ハジケたようだ。
変な話、晩年の母は数倍面白かった。

生まれた所と、嫁いだ所が道一本隔てたところ(昔は隣同士)
とは、良かったのか、悪かったのか。

暖かくなって、桜もそろそろの今日この頃。いい季節になった。もうすぐお彼岸。

86年を生きた母のことを思い出してみた。
「そっちでは、話のネタはなんですか?」
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