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北島守幸 オフィシャルサイト http://moriyuki.net
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蒸し暑くて 久々に早起きした。
5時前だった。

1才の息子も寝苦しいらしく 大きな声で泣いていたが
またすぐ カワイイ顔をして眠りについた。
妻が小さい声で子守唄を歌っていた。

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昨日の夜は次女のクラス合宿とやらにちょっと顔を出した。

一生懸命子供たちに語りかけている担任の先生。
の割りに、子供たちは 暑いのか眠いのか だれていた。
今どきの中学生だなぁと思った。

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朝から新聞を読み、広告をながめた。
ふと目をやると「日本遺族通信」
がテーブルのはしにあった。
これは2ヶ月に1度くる会報誌で
見かけは新聞である。

表のメイン 8月15日の小泉首相「靖国参拝」
このことには 今日はふれない。

裏面、左上に常設コーナーがある
題は「愛しきものへ」
戦地で散った方々の遺書が掲載されている

内容もさることながら年令が若い、若すぎる
今回の方は17才、マニラ南方海上にて戦死、とある

内容は、戦地で散る覚悟、お母様に対する思いが語られ
お姉様に対しては「お母様をお願い致します。」の文の後に
「お母様のことは頼むが、お姉さんも早く結婚して
安心させてやることを望んでいる。」とある。

このお姉さんは、いくつだったのだろうか
ご「老齢」とあるお母様は、この時いくつだったのであろうか

蒸し暑い朝が一段と重くなる。


と、時計を見ると6時20分過ぎ
小5の息子を起こし、ラジオ体操へやる。
すっと起きて、眠ったまま出て行った。

今日は長女が夏のイベントの為帰ってくる。
のぞみ公園で歌うのだ。

「お金がない」と催促のあった長男へ
入金もしなければならない。
市役所支所へも出かけなければならない。

あれこれ考えているうちに
眠ったまま出て行った次男が、起きて帰ってきた。



少し涼しい風も吹いてきた。

1日のスタートだ。
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年に何回か乗る飛行機は着陸少し前が楽しみだ。

つい先日もふるさとを空の上からたっぷり楽しんだ。

飛行機は空港に降りる際すべてかどうか知らないが
島原半島の南はしを大きくカーブして橘湾へ入り
有喜港あたりから多良見上空へ
そしてまっすぐ大村湾を通って滑走路へ降りるようだ。

この日は雨の多い季節にもかかわらず良く晴れた日で
午後6時ごろではあったが夏の日はまだ
すべてを明るく鮮明に見せてくれた。

体をのり出すと左方向に喜小、喜中が並んで鎮座し
旧役場(現支所)高速道路、ゴルフ場、国道34号、個々の家々、車
すべて本当にきれいに見えた。

残念ながら我が家は真下あたりの為見えなかったが。

今は使われなくなったゴミ焼却場のちょっとシャレた煙突も
木々の緑とマッチしていた。

大村湾は波ひとつなくまさに「琴の海」らしき顔で私を出迎えてくれた。


若き日の7年ほどをのぞき私はずっと同じところに住んでいる。
今はなき両親も地元の生まれで
やはりこの飛行機の通る真下あたりで一生を終えた。

母はなんと幅1mあるなしの道を隔てた隣りの家から嫁いだ人だ。
親の決めた結婚であったとか。

かつて純農村地区であったふるさとも大きく様変わりし
私など中学のとき牛をひいて草を食べさせたことなど
自分自身が「夢の中の話?」と思ってしまう。

大村湾に注ぐ海岸線は、年中我らの遊び場で
海沿いの雑木林にひみっか(秘密の家)を作ったり
岩場も砂浜もあって流れ着くいろんなものに
時に大興奮したものである。

これからも住み続けるであろうふるさとが
いろんな人の目にこんなにきれいな絵として映っていることに
とても幸せな気持ちになった。


旅の終わりに着陸態勢に入ったら
飛行機の窓から目を凝らして下を見ていただきたい。
ひょっとするとその飛行機を
ボケッと見上げているおじさん(私)がいるかもしれない。
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